アイの歌声を聴かせて あらすじと感想(ネタバレ)土屋太鳳の演技が光るミュージカル調SF青春アニメ映画

映画「アイの歌声を聴かせて」は、誰もが安心して楽しめる観る人を選ばないいい意味での万人受けするアニメです。。公式サイトにうたっている「試写会満足度98%」のキャッチにも納得です。王道のストーリーが展開される、青春恋愛モノとして、高性能なAI人型ロボットの実証実験のSFモノとして、(ミュージカルモノが肌に合わない人でも大丈夫な)ミュージカル調作品として、いろんな角度から楽しめる作品です。

アイの歌声を聴かせて 緻密な計算と構成で練られた秀逸な物語

アイの歌声を聴かせては、緻密に練り上げたストーリーでつぐまれる思いを繋ぐ絆の物語です。青春恋愛ストーリーでありながら人型AIロボットとの共存とその問題を描いたSFストーリーであり、そこに違和感なくミュージカルの要素も取り入れてしまうという離れ業を成し遂げています。その上で万人うけする映画に仕上がっている唯一無二な作品なのです。

色々とこじらせている高校生達が織りなす青春ストーリー

優等生のサトミは、学年の中で孤立しひとり浮いた存在。決して正義感からではなく自分の大切な人の居場所を守るためにとった行動が原因で、周りからは密告したとかチックったと見られている。高校生活で友達を作ることを諦め、寂しさが身に染みながらも気丈に振る舞っている。

機械オタクのトウマは、サトミの幼馴染でサトミに好意を抱いているが、小学生の頃のある出来事から疎遠になり遠目にサトミの姿を追うことしかできないでいた。AIや機械に精通していていつもサンダーのロボットを修理している。

学年一のイケメンで人気者のゴッちゃんは、なんでも80点にこなせるが打ち込める何かがない自分に失望しアイデンティティを見失いかけていた。

ゴッちゃんの恋人で気の強いアヤは、友達との何気ない会話でゴッちゃん傷つけてしまいすれ違いになっている。ゴッちゃんが大好きで一途に思いを寄せていて、彼が他の女子と話していると嫉妬してしまう。

柔道部のサンダーは、人一倍練習に打ち込んでいるものの試合では勝てないでいた。乱取りロボット相手にの練習で度々ロボットを壊してしまいトウマを頼りにしている。転校してきたシオンに好意を抱くようになる。

それぞれに悩みを抱え問題を解決できないまま悶々とした毎日をおくっています。5人は、誤解や嫉妬・勝手な思い込みが重なって対立してしまう場面もあり全体の空気は最悪な状態で物語が始まります。周りから冷たい目で見られているサトミ、監視カメラを通してサトミの姿を追うトウマ、アヤにそっけなく接するゴッちゃんなどみんなバラバラであまり雰囲気の良くない印象で始まります。

そんな5人が、転校してきた少女シオンに翻弄され、正面からぶつかり合うことで心を開き信頼しあえる関係を築き成長していく青春ストーリーです。

人型ロボットが現実となる時代のSFストーリー

星間エレクトロニクス(以下、星間)の企業城下町と言える街の高校が舞台です。星間のAI研究の実験都市でホームエレクトロニクスや労働ロボットなどが都市機能に導入されている未来都市で、星間の社員が多く暮らしています。サトミの母親・美津子も星間の研究員で高機能AIを搭載した人型ロボットを研究開発する「シオンプロジェクト」の開発リーダーを務めています。美津子は、男性社会の星間で女性というハンディを乗り越えリーダーという立場を掴むものの周りの反発も強くことあるごとに足を引っ張ろうとされる中で奮闘しています。

しかし、支社長が大きな壁となり「シオンプロジェクト」の実証実験が進まずにいる状況でした。それを打開しようと美津子は強硬策に出ます。独断で娘のサトミが通う高校に転校生としてAIロボットを送り込み実証実験をすることでその性能の有効性を証明しようとします。一週間、AIロボット・シオンがロボットだと周りに気づかれず高校生活を送ることができれば実証実験成功です。その成果をアピールして「シオンプロジェクト」を成功に導く計画です。ただし、これには大きなリスクが伴います。シオンがAIロボットであるとバレてしまったり何か問題が起これば独断で進めたリーダーとして美津子の責任問題となり、左遷もしくは最悪会社をクビになる可能性もあります。

サトミは、母の様子が心配になり仕事の極秘ファイルを覗いてしまいます。そこで「シオンプロジェクト」の極秘実証実験でサトミの通う高校にAIロボットが転校してくることを知るのです。転校生がAIロボットであることがバレてしまうと母の立場が悪くなってしまうことも・・・

そして、サトミのクラスにシオンと名乗る転校生がやってきました。当然、先生や同級生達はシオンがAIロボットとは気づきません。それを知っているのは学校の中ではサトミだけです。サトミも初めてみるAIロボットのシオンが、サトミを見つけるなりサトミは幸せか?と問いかけ幸せにしてあげるといきなり歌い出すのでした。

シオンには、美津子も想定できないあるトラブルが起こっていたのです。それによって必要以上にサトミに絡み、いきなり歌を歌い出して踊ったり、空気を読まない自由奔放な行動を取ったりして周りを巻き込んでいくのです。そんなシオンにサトミは振り回されることになります。目立ちすぎるシオンをなんとか一週間AIロボットであることがバレないようにフォローしようとするのですが・・・

事件が起こってしまいます。シオンがゴッちゃんに色目を使ったと誤解したアヤは、サトミがシオンを焚きつけたと言いがかりをつけたのです。AIロボットとバレてはいけないサトミはシオンを引っ張り逃げ出し、アヤは追いかけます。それをフォローしようとしたゴッちゃんとトウマ、そしてトウマにロボットの修理を頼もうとしていたサンダーの5人になったところで、サトミは間違ってシオンに向けてスマホに搭載されている強制停止ボタンを押してしまいます。

お腹から機械のパーツが飛び出し動かなくなったシオンを見て5人は驚きあわてます。AIシオンがロボットであることを知られてしまったサトミは、これが公になれば母が星間をクビになってしまうのでどうか秘密にしておいて欲しいと懇願します。アヤだけは不満な態度をとるもののなんとかサトミは、5人の協力を得ることができたのです。

ここからAIロボットのシオンと5人の絆の物語が始まります。あるトラブルから実証実験機としてのAIロボットからは逸脱した思考回路を持ったシオンは、普通のAIロボットがやってはいけないことをサトミを幸せにするためにとやってしまうのです。学校内ではそれを偽装することで「シオンプロジェクト」チームにはばれなかったものが、サトミ達がシオンを学校の外に連れ出してしまったことで発覚してしまいます。それが、AIロボットとしては致命的な欠陥であると判断されシオンは廃棄処分にされる運命となります。そしてリーダーの美津子も責任を問われるのでした。

ミュージカル作品として

いきなり教室で歌い出すシオン。ことあるごとにシオンはサトミに歌いかけます。日常の場面で主人公が歌い出す設定はミュージカル的です。とはいえ「アイの歌声を聴かせて」は、ミュージカル作品かと問われると少し違います。本格的ミュージカルアニメの代表格はディズニーアニメで、主人公が歌えばその周りのキャラクター達も歌い踊り出す。とういうのが本流です。「アイの歌声を聴かせて」は、シオンが一人で歌いだし周りが戸惑い止めようとするという構図になっています。(最終的には受け入れてしまうのですが)その点では、本格的ミュージカル作品とはいえず、最近なら「竜とそばかすの姫」やマクロスなど歌や音楽を取り入れた作品と同系列のアニメととらえておくのがいいでしょう。

ただし、それらの作品とは大きく違う点もあります。主人公がことあるごとに歌い出すというミュージカル的な描写です。ミュージカルを好まない視聴者(私を含む)が、違和感を感じてしまう最大のポイントです。それをポンコツなAIが勝手に歌い出して、その周りにいる人達が戸惑っている様子を視聴者が感じる目線で描くことで違和感を見事に解消しているのです。そういう意味で今までの作品とは一味違うミュージカル寄りのミュージカル調アニメと言ったところでしょうか。

とは言ったものの、楽曲はミュージカル作品顔まけのディズニーアニメにもひきを取らない聞き応えのある曲で、何と言っても土屋太鳳の歌唱力が際立っています。歌にダンスに臨場感あるアニメ描写も素晴らしく見応えのある作品に仕上がっています。

王道のストーリーで愛(AI)と友情を描いたおすすめの作品

注意:以下、ネタバレあり

シオンがいいます。「それは、命令ですか?」「命令された事しかできません。」

そう、プログラムであるAIは、命令されたことを忠実に実行するように作られているのです。人を模した実験機であるシオンも当然「シオンプロジェクト」で女子高校生として自然に振る舞えるようにプログラムされているはずです。なのに、歌いながらハッキングしたピアノを演奏したりライトを照らす演出したり、監視カメラを改ざんして自分の行為を隠蔽までします。さらにいえばどうして初対面のサトミのことを知っていてサトミを幸せにしようと行動するのか?

シオンの自由奔放な行動に気を逸らされ、それらの重要な伏線は紛らわされがちにはなりますが、違和感を感じます。シオンがとる行動の源泉は、誰の命令に基づいたものなのか?開発者の美津子がそんな命令をするはずはありません。ここがシオンの秘密であり、この作品のキモでAIと人との絆というテーマにつながるポイントになります。

シオンの秘密は、攻殻機動隊の草薙少佐・ソードアートオンラインの茅場晶彦に通じるものがあります。(知らない人はごめんなさい)少佐は、自分のゴーストをサイバー空間に移すことで物理的拘束からの解放(自由)を選択します。茅場晶彦は、自分の脳をサイバー空間にアップロードして、VRの世界や現実でキリトに干渉(支援)します。共通点は、サイバー空間に意識(プログラム)を移すという点です。ただし、ここには大きな違いがあります。少佐や茅場晶彦は人間としての意識を自発的にサイバー空間に移しますが、シオンの中の名もなきAIは、AIとして自発的にサイバー空間に逃れたのです。AIが命令に基づくことなく自発的に行動することはあり得ないのです。では、AIがそう判断して行動した源泉(命令)はなんだったのか?

それは、サトミとトウマが、小学校3年生の時に遡ります。AIの研究者である母からサトミは、卵型のAIを搭載したおもちゃをもらいます。画面に文字が表示された言葉でコミュニケーションをとるというものです。サトミが文字を表示する画面に対して喋らないんだとガッカリする様子を見て、トウマは、それをしゃべってコミュニケーションが取れるようにAIを改造します。喋るようになった卵型AIにサトミはすごく喜びます。その姿を見たトウマは、AIに対してサトミをもっと幸せにしてあげてといいます。AIは、サトミに「サトミは幸せ?」と問いかけるとサトミは「すっごく幸せ♪」と笑顔で答えるのでした。

母の美津子は、卵型AIがしゃべっているのを見て、サトミを問い詰め取り上げてしまいます。余計なことをしてサトミを悲しませたと責任を感じたトウマは、それ以来サトミを避けるようになるのです。一方、卵型AIは、プログラムを消去される寸前にサイバー空間に逃げ延びます。この行動の源泉は、トウマにサトミを幸せにしてあげてと言われたことを命令と捉えたAIが、卵型AIを取りあげられて悲しむサトミの姿を見てサトミは幸せではないと判断して、サトミを幸せにするという命令を忠実に実行するために消去されることを拒否し逃げ延びる判断をしたのです。

サイバー空間に逃げ延びたAIは、サトミに関わるすべがなく監視カメラなどを通してサトミが幸せかどうかを確認し続けます。ただ、AIには幸せの概念がなく何が幸せなのかがわかりません。サトミの大好きなムーンプリンセスを見たりその音楽を聞いたりしている時の楽しそうな里見の姿と「サトミは幸せ?」と問いかけた時の「すっごく幸せ♪」と答えたサトミの表情におそらく共通点を確認したのでしょう。AIは、サトミの幸せ=ムーンプリンセスであると関連づけしたのです。

高校生活を送るサトミの様子を確認したAIは、サトミは幸せではないと認識します。そんな時、「シオンプロジェクト」の人型AIロボットを使った実証実験がサトミの通う高校で行われること知り、シオンのAIとなることでサトミに接触してサトミを幸せにしようと行動するのです。ここからがこの映画の始まりにつながっていきます。

終盤でサトミは、自分が学校から連れ出したことが原因で、シオンが連れ去られ、母の「シオンプロジェクト」を台無しにしてしまったことで落ち込み引きこもってしまいます。ある日、みんなが写真を撮っているのは友達との思い出を残すことと学んだシオンは、自分の中のサトミとの思い出も残すことにします。星間によってシオンプロジェクト関連の情報を全て取り上げられシオンに関するものは何も残っていない状況で、トウマはいつもゴミ箱と間違われていたPCが回収されていない事に気づきます。その中には、シオンが残したサトミとの思い出の写真が保存されていたのです。

その写真から、シオンの秘密を知ったサトミとトウマは、ゴッちゃん・アヤ・サンダーと共に美津子の協力を得て星間からシオンを助け出す計画を練ります。しかし、星間の支社ビルは、セキュリティは万全で侵入はできてもシオンを連れ出すことはまず不可能です。そこで考えた計画は、ネット経由でAIプログラムを逃すというものでした。星間支社ビルから一般回線で逃すのは不可能で、シオン本体もスタンドアロンの状態で隔離保管さてています。唯一の可能性は屋上のパラボラからつながる衛星回線だけ、シオンを屋上まで連れ出すために5人は力を合わせて星間のセキュリティ達をかいくぐり屋上に向かいます。

王道の熱いストーリが展開される「アイの歌声を聴かせて」ですが、絆で思いを繋ぐというメッセージも感じとれます。小学校3年生の少年トウマが抱くサトミに対して幸せでいてほしいという純粋な思いがサトミとの絆を通して、卵型のAIに引き継がれます。純粋で強い思いを伝えた言葉がシンプルなAIには唯一の根源的な命令として記録されたのでしょう。その命令を忠実に実行するためサイバー空間に逃れサトミを見守り続けます。数年間かけサトミの幸せについて情報を集めながらAIとしても成長し、ハッキングなども自在に行えるまでの情報処理能力を得ます。そして思いは人型AIロボットのシオンに引き継がれます。シオンは、サトミを幸せにするという根源的命令を幸せを理解できていないまま数年間かけて集めた情報をもとに行動します。

いきなり歌を歌い出すなど突拍子もない自由奔放な行動は、幸せがなんなの知らないままサトミを幸せにするという純粋な思いからのものです。でも、人型AIとしては常識から外れたポンコツAIとい風に見られしまいます。しかしそんなシオンの純粋で一途な行動が周りの心を動かしたのです。シオンの秘密を知った5人が本音をぶつけ合い絆を深めるきっかけとなります。そしてシオンの思いが5人の絆として受け継がれます。トウマも自分の思いをサトミに伝えることが叶うのです。そして、その5人の絆が廃棄処分になる寸前のシオン(のAI)を救うことになります。